福知山という地名の名付け親は光秀という通説
福知山という地名は明智光秀がそう呼んだことに始まるというのが通説のようです。
福知山という名は通説では、明智光秀が朝暉 ( あさひ ) ヶ 丘丘陵に小笠原頼勝構築の横山城を攻略し、光秀の縄張りにより家臣藤木権兵衛・従子三宅弥平次(明智秀満)に命じ築城して、福知山城と命名し、城下町を福知山と呼んだにはじまるとされている。
(「福知山市域の地名(序説)」 天野 主 著 1982 より)
郷土資料として残る結構な数の古文書や文献に記載があって、戦国時代以前には「福知山」という名称が見当たらないのも確かなようです。
光秀さんが福知山城をつくったというお話よりも「福知山」という地名を名付けたというほうがすごいなぁと思ってしまいます。
「福知山」の由来について
ここでも文献「福知山市域の地名(序説)」 天野 主 著 1982 を参考にまとめていきます。
まず、「ふくちやま」の漢字については、江戸時代初期には「福智山」とか「福地山」と書かれている場合が多いそうです。その後、時代とともに「福知山」が一般化して定着したとされています。
その語源についてはいろいろと見解があるので面白いです。
まず「福地」という言葉ですが、由良川沿岸の低湿肥沃な土地を福地としたからではないかといったことが指摘されています。
「元禄百姓伝記」にも「黄色のねばりなき真土に小砂まじりの土地を第一の福地としこの土畠につくるものは真性にして味よし」などと表現されているそうです。
「福智」という言葉については、「丹波志」に面白い考察があるようです。
ふくちのちは知又は地、智の字を用う。「駿河風土記」には富士山の名称が九通りかかれて、「富士・不盡・不二・分地・粉陣・富智・風土・風詩・福智」 その中に福智と当てているものがある。光秀丹波を賜わり勢力強大独立の志あり天下一の名山の称 福智山をもってこの地名としたものではあるまいか。
(「丹波志」 寛政6(1794)年)
結果として「福知山市域の地名(序説)」では次のように考察されています。
光秀もまた丹波山陰の要衝福知山の城郭・城下町の命名にあたり、由良川氾濫原の肥沃福なる地に、彼の雄図(ゆうと)を名峰富士山の称に託し、明智の智の字をあてて福智とし、城郭が朝暉ヶ丘丘陵(横山・八幡山とも呼ばれていた)にあるため福智山と命名したものと考えられる。
(「福知山市域の地名(序説)」 天野 主 著 1982 より)
そういえば智は明智の智ですよね。
なるほどなぁと思います。
「福知山」
なんとなく町として栄えそうないい名前、命名だなぁと思いました。


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