有馬温泉 温泉街を歩く
午前中の仕事を終えてそのまま車で有馬温泉へ向かう。
温泉街から1㎞ほども登ったところにあるホテルに着いたときには14時を回っていて、それでもチェックインは15時からだというので車だけ置かせてもらい、再び歩いて温泉街へと下りていく。
寒い。雪が降っているわけでもないけど、ほんの少し結晶になったような雨がぽつぽつ降っていた。

太閤通と呼ばれるメイン通りに来ると人もたくさん出ている。いろいろ気になる店はあったけど、まずは腹ごしらえとばかりに手っ取り早くカレーが食べられそうなカフェに入る。
喫茶「小川」。看板には「有馬名物 有馬山椒とハーブの有馬ホワイトチキンカレー」と大きくでていたので、それを注文。

ぴりりと山椒がよく効いていておいしい。さっぱりした感覚だけど深みのある味わいで、あっという間に食べ終わってしまう。
「ごちそうさま~」と店を出たらすぐに近くの行列に並んで「かりんとうまんじゅう」なるものを食べてみる。おひとつ100円。

ふーん、なるほど。外がかりんとうでできているわけだね。うまい!
さて今度は「5秒以内にお食べくださーい!」としきりに呼びかける声がする。

「元祖なま炭酸せんべい 賞味期限5秒」と看板にある。もらってすぐに一口かじってみると、ほんとうだ。やわらかくてねちっこい感じのなんともいえない食感でおいしい。残念ながら次にかじる頃には普通のサクサクせんべいになっていた。1枚100円。
炭酸せんべいというのは有馬温泉の名物で、いわゆる「銀泉」と呼ばれる炭酸泉を使って作られたのが始まりだそう。小麦粉などの材料を練るのに普通の水よりも炭酸水で練った方が仕上がりがパリっとサクサクに出来上がるらしい。
さて今度は上り坂になっている湯本坂というところへ入っていく。個性的なお店が並ぶなか、右にも左にもさらに細い路地が伸びていて面白い。

ほどなく公営の「金の湯」の看板が見えてくる。金の湯はその名のとおり鉄分と塩分を多く含む「金泉」を引いており、塩分のために鉄分が酸化して赤褐色となっているのが特徴の湯だ。入ってみたいが宿にもありそうなのでパスする。と、近くで嬌声が上がったと思えば、足湯を楽しむ人たちがいた。足をつけてみたいが、タオルもないし靴下を脱いだりするのも面倒でこれもパス。
さらに歩いていると温泉地らしい風景に出くわした。

「妬泉源(うわなりせんげん)」と呼ばれるところで、金泉の源泉として使われているとのこと。有馬温泉にはこういった泉源が7つあるとのことだが、この「妬(ねたむ)」という字を使っているのはめずらしく、なんでもその昔、嫉妬深い妻がいて、夫にできた愛人を殺してこの温泉に沈め、自らも身を投げた。その後この温泉近くに美人が立つと嫉妬で煮えくり返った湯が100度にも達するということから、この名前がついたらしい。
うーん、女性としてはこれを怖いと思うか、あるいは「もし近くに立って温泉が冷めたらどうしよう?」という怖さのほうが大きいように思われる。
さて、銀の湯近くでまたいっぷく。「秘密のみたらし団子」などと気を引く看板が目に入る。

1本300円だが、十分にその価値ありだ。もっちり柔らかい食感は普通のみたらし団子に比べたら段違いに素晴らしい。バーナーで焼きを入れるのもポイントで、香ばしさがたまらなかった。主人によれば100%お米を使っているとのこと。それがどういうことなのか素人にはよくわからないが、ちょっと調べると、一般的には上新粉や白玉粉といった粉を使うらしいから、米を炊いてつぶして練ってつくっているということなのかなと勝手に解釈する。確かによく食べるみたらしは弾力があってそれはそれで食べ応えがあるのだが、この柔らかさを経験すると他のみたらし1本に300円つけているとしたら食べないだろうな。いや食べてみないとわからないから結局食べるか…。
有馬温泉の歴史

古くから有馬温泉の守護を司るとされる湯泉神社(とうせんじんじゃ)には「有馬の三羽からす」という話が伝わってるそう。
大已貴命(おおなむちのみこと)と少彦名命(すくなひこなのみこと)の二神が有馬を訪れたとき、三羽の傷ついたカラスが水たまりで水浴していたが、数日たってその傷が治っているのに気づき、温泉を発見したとされている。
また日本書紀にも舒明(じょめい)3年(631)9月19日から12月13日までの86日間にわたり、舒明天皇(じょめいてんのう)が有間(有馬)の温泉を楽しんだという記録がのこっているようだ。
平安期には清少納言が枕草子に「湯は、ななくりの湯、有馬の湯、玉造の湯」と詠っていて、これぞ日本の三名泉かと思われるところだが、今の定義とは異なるようだ。
*ななくりの湯は三重県の榊原温泉とされていて、その地がかつて「七栗上村(ななくりかみむら)」と呼ばれていたことにちなむとのこと。玉造温泉はその名のとおりに島根県松江市にある温泉地を指すと見られている。
日本三名泉:有馬温泉(兵庫県)、草津温泉(群馬県)、下呂温泉(岐阜県)
*室町時代に京都相国寺の万里集九(ばんりしゅうく)という僧が『梅花無尽蔵』という詩文集のなかに記したことに始まり、江戸時代には儒学者の林羅山が漢詩で「天下の三名泉」と紹介して定着したとされる。
日本三古泉:道後温泉(愛媛県)、有馬温泉(兵庫県)、白浜温泉(和歌山県)
*白浜温泉(和歌山県)はいわき湯本温泉(福島県)とする説もある。
どのくくりにも登場しているところが有馬温泉のすごいところだなぁと思う。
さて、戦国期になって戦火で荒れ果てたあと慶長伏見地震で壊滅的な被害を受けてしまい、たびたび訪れていた秀吉によって本格的な改修工事が行われた。それ以来ずっと新たな改修工事は行われることなく栄えたということで、秀吉の功績は有馬温泉にとってあまりに大きかった。町のいたるところに太閤の文字が見られるのもうなずける。

六甲山ロープウェイ乗り場の近くに「虫地獄」の札がある。ほかにも「鳥地獄」やら「炭酸地獄」という札も。
この辺りを地獄谷と呼んでいて、昔は湧き出る毒水のせいで虫や鳥が死んでいるのだと恐れられていたが、慶長2年(1597)に三田城主の山崎家盛がこの「血の池」とも呼ばれる泉を使って温泉場にしようとしたところ住民が反対して太閤秀吉に直訴しやめさせた。怒った家盛が住民を皆殺しにすると言ったという話が残っていると案内板にある。
この言い回しからすると、本当に皆殺しにしたのではないらしい。皆殺しにしていたら、その恨みで別の地獄エリアができていそうだし、鎮めるための祠やらなんやらができていることだろう。

ただ明治に入ってこれが炭酸泉だったとわかり温泉開発が進んだところからすると、家盛は正しかったということだ。さぞかし悔しかったことだろう。
さて、少し陽が陰ってきたので宿へ向かおうとすると、「温泉たまご ラストでーす」との呼び声。天神泉源との表記があって、天神さんの境内に店があるらしい。(冒頭の写真参照)

ラストの温泉卵をつかったプリンをいただく。
味はというと、まさにプリンのなかに温泉卵を入れたという感じの味だ。確かにおいしい。
以前に自分で豆乳から豆腐をつくったときのことを思い出す。これもまさに豆乳を豆腐に固めたという味だった。豆乳がおいしかったので、豆腐もおいしい。つまりそういうことだ。
以上で有馬温泉歩きは一旦終了。もう夕ご飯はいらないくらいにいろいろ食べた。
とにかく有馬温泉は神代の頃からの歴史を持ち、誰からもトップランクにあげられるというすごい温泉だということがわかった。


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