2024.9.16月
内宮を参拝したあとは、お楽しみのおはらい町、おかげ横丁へ行ってきました。
おはらい町(まち)・おかげ横丁とは。
おはらい町は、五十鈴川沿いに内宮へと続く約800mほどの参道で、おみやげものの店や飲食店が数多く立ち並ぶ観光スポットです。
おかげ横丁は、おはらい町の参道の中ほどからはいる横丁のエリアで江戸時代の街並みを再現したようなところにこれまたいろんなお店が集まっています。

伊勢うどんや手こね寿司、松坂牛や伊勢海老料理などのご当地グルメのほか、赤福餅をはじめとしたスイーツもいろんな種類があって、全部食べたいけど食べきれないといった具合に食べ物は充実しています。テイクアウトできるものもたくさんあるので、少しずつ食べながら歩くのもいいと思います。
おかげ横丁では、土日などに神恩太鼓(しんおんだいこ)の催しがあるようです。

神恩太鼓というのは、神々の里であるこの伊勢の地において、「おかげ横丁の基本精神である今あることに感謝する神恩感謝の精神を太鼓の音で表現する」というものだそうです。とても迫力がありました。
おはらい町の由来。御師(おんし)とは。
かつては伊勢神宮には私幣禁断の制(しへいきんだんのせい)といって天皇以外の貴族や一般から幣帛(へいはく 神への捧げもの)を奉献することが禁じられていました。そこで信者のために祈祷や奉幣、御神楽を行ったり、宿泊を世話したりする御師(おんし)という神職の人たちが活躍したそうです。
御師は室町時代あたりから現れはじめたといわれ、伊勢信仰を広めるべく全国各地に檀家を持つに至ったとされます。その数なんと全国の戸数の89%にのぼったと言われています。
へ?ほとんど全国民?
檀家から集める初穂料によって羽振りのいい御師も多かったらしく、商人的な面もあってツアーコンダクターの走りだと見る向きもあるようです。
明治に入ってこの制度は廃止されたのですが、彼らのおかげで伊勢信仰は全国に広まることにもなりましたし、彼らの宿泊を供えた邸宅が並んだ参道がおはらい町として栄えたのだとされています。
行ってみたところ。おすすめの店。
赤福は外せないかな、という感じです。
本店がおはらい町中ほどにあったので、入ってみました。


店の雰囲気もレトロでいいです。変わらない味、おいしいですね。
伊勢神宮の拝観時間に合わせ、この赤福本店だけは朝5時からあいているそうです。

このメンチカツもおいしかった。
豚捨(ぶたすて)という精肉店の老舗だそうで、牛肉にこだわりがあるから「豚は捨てちまえ」かと思いきや、創業者の捨吉という人が豚を飼っていて食肉店を始めたからそう呼ばれたということがお店のホームページに書いてありました。

立ち食い寿司のお店があったので入ってみました。
中の写真OKとのことだったので撮らせていただきました。
ご主人いわく、本来の江戸前にこだわって赤シャリをつかっているとのこと。

ひとつひとつとても丁寧ににぎってくれます。
赤シャリはまろやかでほんとにおいしい。
最近赤シャリの店増えてますよね。
ご主人も何種類もの赤酢を試してみて選んだということだそうで、詳しくはぜひお店へ行って聞いてみてください。
伊勢寿司 海幸山幸というお店です。


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